第3回 同じ重さの金と取引されたシルク
Date; 08 MAY 2000


 養蚕の技術は長い間中国の独占で、国外にはシルク製品で持ち出すことは固く禁じられていました。

 このため西域・ヨーロッパへのシルクの伝播については「西域の王が自分の元に嫁ぐ中国の王女に蚕を持ち出すことを命じ、王女は蚕の種や桑の実を髪の中に隠して嫁いだ」「ビザンツの僧が蚕の卵を竹の杖の中に隠して持ちかえった」など数々の苦心談、エピソードが語られています。

 
 中国から長くて危険な道程をはるばるもたらされたシルクは、西アジアやヨーロッバでは非常に貴重で、同じ重さ以上の金と取引されたと言われています。この時代の金貨には「デニール金貨」と呼ばれるものもありました。
(デニールとは生糸の太さの単位 1デニール=生糸1グラムが9000メートル)

 このシルクを運ぶ中国とヨーロッパを結ぶ交易路のことを「シルクロード」と呼ぶのはよくご存知でしょう。この道が「金」でも「文化」でもなく「シルク」と名づけられたことを見ても、シルクがいかに貴重な商品であったかがわかります。

「第4回 ヨーロッパでのシルクのはじまり」
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